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荒々しさ

最近よく学園もののアニメを観る。

アニメだから、ありえないことの連続だけど、そこからヒントをもらうこともあって、自分に足りないものとは何か?と考えたとき、荒々しさが足りないって思った。

昔、大学生の頃、ボランティアで、障がい者の施設に行ったことがある。

そこで、見たくないものを見た。

中学生、いや、年齢的には高校生?くらいの子供が、蛇口の水を全開にしてた。

最初は、何か、水道の点検か?なんて思っていたんだが、どうやらそうじゃなかったらしい。

先生が飛んできて、声を荒げて、何してんだ!って叫んでた。

ああ、そうか。遊んでいたのかってその時、初めて、どんな状況か理解した。

それで、私には、そういう声を荒げて何かをするとか、言いたいことを言うだとかそういう他人に対する期待なんてものが薄いんだって思った。

どうせ、やんないんでしょ?どうせ、自分にとって不都合なことから逃げるんでしょ?どうせって言葉をよく頭の中で繰り返していたと思う。

それで、いざ、戦わないといけないときに逃げてた自分がいるって思った。

声を荒げて、ぼこぼこに殴られるくらいなら、自分が我慢して、抱え込んで、潰れれば良い。

それを他人が優しいって言うんなら、そうじゃない。

反面教師にしてたんだ。兄ちゃんもお父さんも。

こんな人間になってたまるか!って。

っで、結局、煮詰まって、焦げて、どうしようもないものになって、破綻する。

だったら、そうなる前に、言わなきゃいけないことを言えば良かったんだ。

でも、今までのことがあるから、どうしても考えてしまう。

これを言ったら、他人はきっとこう思うだろうな。とか、こう反論されたらどうする?とか。

倍になって、返されたら?怖さが出て、どうしても言えない。

腹が立っても、知らないふりをする。本当は殴り飛ばしてやりたい。土下座されても、許したくない。

それを言ってしまって、関係が崩れたら、どうする?修復不可能になったらどうする?

何度も何度も葛藤して、何度も何度も迷う。

本当、どうしようもない自分が残った。

だったら、荒々しくなっても良いんじゃないか?

子供のように純真無垢で何も知らなったあの頃に戻れば、良いんじゃないか?

気に入らなければ泣き、喚き、叫ぶ子供に。

でも、そういうことをするのは、恥ずかしいことだと教わっているから、やっぱりやれない。

そして、また迷い、葛藤する。

そして、何もやらない自分ができる。

そういうことを繰り返す。

何もやらない自分を繰り返す。

その溜まったエネルギーが私の場合、足に行ったんだろう。

自転車こいだり、走ったりした日々が確かにあって、満身創痍になっても、また立ち上がる自分がいた。

だったら、あの荒々しさは、何かを探すために蓄えていたエネルギーだったんじゃないか?嫌だと思って、我慢して、抑えた猛々しいあの思いは、何かを叶えるための原動力となったんじゃないか?

そう思うと、やっぱり、もっと、何かを溜め込んで、泣いて、痛がって、どこか先を目指す方が良いのか?なんて思う。

もっと怒鳴ったり、殴り飛ばしてやりたいと思うあの心を蓄えていけば良い。

他人に対する嫉妬や嫉み、恨みや辛みも全部、自分の中にいったん預かって、後は、それをどの方向で爆発させるのか。

それが自分の心次第なんだろう。

喜怒哀楽、すべての感情がなければ、やはり、未完成な人間に仕上がる。だったら、やっぱり、どの感情も大切で、どの感情も相互して、連動している。

何かがあって喜んだり、何かがあって怒ったり、悲しんだり、楽しいって思ってみたりと、すべての感情は、誰かと誰かの間にあるものだから、自分一人だけの物じゃない。

やっぱり、もっと人と会って、触れてみて、話してみないと、本当のことなんか分からないのかもしれないな。

それを踏まえて、歩む人生がだから、すべてが自分にとってなくてはならないものだったんだろう。

だって、その経験一つ欠けても、同じようなことは起こりえない。

自分が自分であるからこそ、そこにいて、そこにいられる資格がもらえるんだろう。

だったら、全部、面白がって飲み込んでしまえば良い。

その先に何があろうと、そんなの行ってみるしか分かんないんだから。

それを食べてみてどうか。今の自分にとって、おいしいと感じるのなら、十分だろ。

初めて食べるアップルパイがおいしいかどうかなんての判断は、食べてみないと分からないように、それをやってみてどうか、自分の心で判断しろ。

やっても無駄な時期は確かにあるが、でも、それをやりたいと思った心を欺くなんてことしたら、自分が今まで以上に、自分でなくなる。

プラスの方向に行くのか、マイナスの方向に行くのか。

もう本当だいぶ前から自分が知っている。

その心をどうか大切にしてあげてほしい。

じゃないと、誰かに何かを言うことも、与えることも、できなくなるんだから。